未来のコンセプト、水素エネルギー社会
水素は、石炭、ガス、石油からの脱却を可能にします。再生可能エネルギーからつくられ、CO2を排出しないグリーン水素は、人類が必要とするエネルギー、暖房、経済、輸送システムを化石燃料から卒業させる再生可能エネルギーキャリアとしての可能性を秘めています。
水素エネルギー社会の鍵を握る材料とは
ドイツおよびヨーロッパにおいて水素エネルギー社会を確立するための鍵は、いかに材料を効率的に利用するかです。特に、PEMと呼ばれるプロトン交換膜技術で使用される貴金属においては、その効率的な利用が欠かせません。必要な貴金属のひとつがイリジウムであり、これは希少にもかかわらず、欠かすことのできない材料です。水素生産量の増加を成功させるには、イリジウムや白金などの原材料物質の要求事項を考慮に入れねばなりません。ヘレウスのグローバルビジネスユニット、ヘレウスプレシャスメタルズは、電解触媒と、リサイクルを含むその関連サービスを提供しています。その一貫として、より少量の貴金属で水素を生産し、かつ回収によりプロセスを持続的に維持することを可能にしています。ヘレウスプレシャスメタルズは、PEM電解を用いた水電解水素製造を促進する製品を提供することで、コスト削減や貴金属使用量の低減を達成し、グリーン水素分野での競争力向上に貢献します。
ヘレウスが水素エネルギー社会を支える数々の方法
最初のステップは、グリーン水素の効率的な生産です。その鍵は電気分解であり、これは、再生エネルギーによる電気を利用して、触媒が水素から水を発生させること、すなわち電気エネルギーを化学エネルギーに変換することを指します。
その最先端の技術が、PEM電解です。PEM電解槽は、その優れた動的反応時間により、再生可能エネルギーから得た変動する電力を水素の形で貯蔵するのに適しています。
電気分解では、PEM電解槽に電流を流して水を水素と酸素に分解します。電極反応において、イリジウムと白金という2つの貴金属により触媒作用が生じます。このプロセスにより、酸素と水素が発生します。
ただし、PEM電解槽は極めて希少な金属であるイリジウムを必要とすることが課題となっています。イリジウムは、水を分解するのに必要な特性を備えていますが、現在の電解槽の使用状況で求められる量を世界で十分に確保することはできません。ヘレウス・プレシャスメタルズは、イリジウムの使用量を減らすための研究に重点を置いています。世界中で採掘されているイリジウムの量は、年間約8トンに過ぎません。さらにこの貴金属は、水素の生産だけでなく、他の産業用途にも使われます。また、白金採掘の際に少量が生産されるだけであるイリジウムは、その年間生産量を大幅に増やすこともできません。生産量を増やそうとしても、鉱業として経済的に成り立ちません。
純イリジウムで水素を生産する既存の方法では、電解槽の出力1ギガワットに対し、平均して0.5トンのイリジウムが必要です。そのため、政府の野心的な目標にすぐにボトルネックが生じることは明らかです。
水素エネルギー社会の実現には、PEM電解におけるイリジウム使用量の削減が必須です。ヘレウスは、イリジウムの担持量を増やすという従来のソリューションに加え、イリジウムの使用量を最大で90%削減し、かつ性能を最大3倍にする触媒を開発しました。これはコスト削減にも大きく貢献します。グリーン水素の生産を経済学的に実現する、画期的な発明です。
水素生産後の、安全な輸送も課題です。水素生産には再生可能なエネルギー源からの電力が調達できる場所が必要であり、そのような場所は限られています。地理的制限により、将来的に地域ごとの水素ホットスポットの形成が予想されます。しかし、未来の水素エネルギー社会においては、全世界が水素を必要とするでしょう。
つまり、輸送の問題が急務です。水素は揮発性が高い気体であり、すぐに散逸します。また、反応性が高く爆発性があり、マイナス253°Cにならなければ液化しません。そのため、水素を安全に輸送・貯蔵することは困難です。そのうえ、貯蔵にはさらなるエネルギーが必要です。それを受けて、水素を安全に輸送・貯蔵するための様々な方法が長年研究されてきました。天然ガスのパイプラインの改造、気体や液体の水素を輸送するトレーラートラックなどのアイデアに加え、「水素貯蔵分子」と呼ばれるものが大きな期待を集めています。
これは水素を他の化学化合物に変えるという方法です。新しく作り変えられた化学物質が液化しやすいか、または既に液体であるという場合は、この方法が理にかなっています。液体有機水素キャリア(LOHC)やアンモニアを使って輸送する方法がありますが、アンモニアであれば、いくつかの利点があります。マイナス33°Cで液化するため省エネになり、さらに、単位面積当たりの水素貯蔵量は、水素そのものよりも多くなります。水素の回収も容易であり、エネルギーロスも微細です。
そのため、アンモニアで「パッケージする」ことにより、水素輸送のハードルを克服できます。そしてキャリアガスとしてのアンモニアへの水素の添加や抽出の前提条件は、適切な技術です。ヘレウスは、ルテニウムを用いたすぐに使える触媒のコンセプトを提案しています。この輸送コンセプトにおける最も効率の良い水素の変換と回収を見据えて、貴金属の効率的な利用を目指した開発を行っています。
水素の利用方法は多岐にわたります。例えば、水素は代替燃料の生産においても重要です。
従来の燃料は石油を原料としています。一方、合成燃料は持続可能な代替燃料です。合成燃料は、二酸化炭素(CO2)と水素から生産できますが、中でもフィッシャー・トロプシュ合成と呼ばれる手法が注目されています。このプロセスを再生可能にするためには、CO2を多く含む産業廃ガスや大気中のCO2を利用することができます。グリーン水素と組み合わせることで、ガソリンやディーゼル、灯油に代わる再生可能な代替燃料となります。
これら燃料の合成にも、ルテニウム、白金、パラジウムなどをベースとした貴金属が使われます。また、これらは現在すでに、排ガスを浄化する役割も担っています。ヘレウス・プレシャスメタルズは、貴金属の効率的な使用に焦点を置いた開発を行っています。これにより触媒のコストが削減され、その結果、代替燃料生産が市場での競争力を持つようになります。
CO2を排出しないエネルギーキャリアとしての水素は、産業・商業分野のみならず、輸送分野においても注目されています。水素は、燃料電池として、e-モビリティの未来を拓く原動力となるためです。走行距離や積載量が少ない小型車両であれば、二次電池式のエンジンでも走行可能ですが、燃料補給の時間が短く長距離を走行する大型の輸送手段には水素エンジンが最も適しています。
プロトン交換膜(PEM)型燃料電池は、水素と大気中の酸素を水に変え、その過程でエネルギーを放出するものであり、現在この分野を先導する技術として注目を集めています。燃料電池自動車は、燃料電池のエネルギーで電気モーターを連続して駆動します。トラックやバス、列車などの大型輸送車両であっても、従来の燃料と同様に素早く燃料を補給し、必要に応じて長距離を走行することができます。
PEM燃料電池の心臓部は、白金ベース触媒で両面をコーティングした膜です。この膜上の白金が、水素の電子と陽子を分離し、電子で電気を発生させます。ヘレウスは、これら燃料電池の電極向けの、幅広い動作条件に対応する貴金属ベース触媒シリーズを開発しました。白金を効率的に使用する触媒により、燃料電池スタックの費用対効果を高めるのみならず、耐久性を向上させることもできます。
水素エネルギー社会では、天然での産出量が限られた貴金属が必要となることがあります。そのため、使用後に回収することが重要です。特に水の電気分解に用いるイリジウムなど、これらの資源は継続的な利用が可能であることが重要であり、これはコスト競争力に大きく影響します。
世界最大規模の貴金属サービス提供企業であるヘレウスは、必要な貴金属の調達、特殊な貴金属触媒の開発と製造、さらに使用済み触媒の効率的なリサイクルに至るまで、必要なノウハウをすべて有しています。
調達段階においても、専門家としての経験が価格の確保に役立っています。触媒のスペシャリストは、次世代の触媒の開発を重ねるたびに、イリジウムと白金の使用量を削減しています。さらに、再処理に関する広い知識も備えており、貴金属を高い割合と純度で回収することができます。
しかし、水素エネルギー社会の実現には、貴金属の使用量をさらに削減することが求められています。したがって、人類のエネルギーの未来のため、水素の生産と使用に必要な原材料の高い要求事項に目を向けることが重要です。